八幡神とは?神仏習合の代表である信仰の3つの謎に迫る!

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八幡信仰の謎・八幡神
日本神話

八幡神とは

八幡神とは 宇佐神宮

八幡神とは 宇佐神宮

全国どこでも見かける「八幡神社」。その不思議な神さまと驚きの事実をご紹介します。

八幡神の歴史

鎌倉の『鶴岡八幡宮』、京都の『石清水八幡宮』と言えば、歴史でもおなじみの神社です。

八幡宮、八幡神社に祀られているのは八幡神。ご祭神『応神天皇』神功皇后』と、日本神話の神さまです。この応神天皇と神功皇后は実在の人物なのですが、ご存知でしょうか?

宇佐神宮の記録によれば、大分県の宇佐市にある鎮守の社に『応神天皇』の霊が現れた571年、八幡神の出現とされます。その後725年に宇佐八幡神宮が創建しました。

応神天皇は西暦300年代後半から400年代前半の人物で、神功皇后は応神天皇の母です。

奈良時代(710年〜794年)に入り、宇佐神宮の八幡神は次々と神託=お告げを出します。地震や貴族の殺し合いなど殺伐とした奈良では、朝廷が神託にすがります。

「宇佐八幡宮神託事件」(769年)では、女帝『孝謙天皇』お気に入りの僧 道教の企みを暴き、「道教排除」の神託で天皇をも屈服させました。

781年「八幡大菩薩」として東大寺の守護神になり、平安時代には国家神に上り詰めます。その後全国に八幡神社が創建されます。

実はもうひとつ、八幡神には裏の顔があります。

それは、八幡神がもともと「渡来神」ではないか?という説。例えば、古代ペルシャの民族大移動に伴い宇佐にやって来た『秦』一族の名が八幡の「はた」になったと言う説があります。

応神天皇は、確かに『弓月君』という渡来人を助け、彼らが宇佐に住んだ事実も存在しています。

もう一つは朝鮮新羅の神が宇佐にやって来た…という説。8世紀の『豊前風土記』には宇佐から真西に30kmにある「香春岳」で銅が産出され、新羅からの渡来人が銅鏡を神社に奉納していた、と記されています。

銅の技術を持つペルシャ人や新羅人。そして日本では卑弥呼の時代に神鏡とされた銅鏡…いまでも鏡が神社にあるわけで、渡来人の神が八幡神という説もまたしかりなのです。

八幡神は歴代将軍が愛した武神

八幡神は歴代将軍が愛した武神 筥崎八幡宮

八幡神は歴代将軍が愛した武神 筥崎八幡宮

八幡神は仏教の守り神となっただけではありません。勝利の神『武神』としても有名です。

宇佐八幡大神のご加護の下、大野東人(おおののあずまびと)は、奈良時代(740年)に『藤原広嗣の乱』を平定しました。

平安時代、清和天皇が京都に『石清水八幡宮』を創建。子孫は武士の一族「清和源氏」。源義家は八幡太郎義家と名乗り、源頼朝は鎌倉幕府を開いたのは有名です。

3大八幡神宮のひとつ『筥崎八幡宮』(福岡市)は鎌倉時代の蒙古襲来の際、神風を吹かせて国難を救い、日本中の武将から『武神』として崇められます。

日本中の名だたる武将は八幡詣でと寄進を欠かさず、戦いの前「南無八幡大菩薩」(八幡大菩薩さま、いくさの勝ち負けはあなたの意中次第、是非とも勝たせよ!)と必死に願っているのです。

八幡信仰の神社は日本の神社の半数を占める 近江八幡駅の看板

八幡信仰の神社は日本の神社の半数を占める 近江八幡駅の看板

日本にある神社の数は約8万社。そのうち、「八幡」が付くのが最も多い4万600社、実に半数を占めます。次が「稲荷」「住吉」「天神」「諏訪」となっています。

そればかりでなく、京都府八幡市や静岡・福岡・愛知にある「八幡駅」。千葉の「京成八幡駅」に「JR本八幡駅」など、いずれも八幡神に関係があるのです。

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