黄昏時とは何時のこと?”君の名は”にも登場した時間帯の意味や由来を解説

夕焼け,黄昏時
黄昏時
ことわざ・慣用句

黄昏時とは?薄暗い夕暮れ時を指す言葉

黄昏時, 何時

黄昏時の頃は太陽と月両方が空に浮かんでいる

黄昏時今の時間帯で言うと夕方の17時~19時までを指します。江戸時代まで使われていた十二時辰では「酉の刻と言われ、近くのものは薄暗くて良く見えませんが、太陽が完全に地平線を沈んだ直後、西の空に「深い赤さ」が残る美しい光景が見られます。

黄昏時は英語で何と言う?

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Twilighit=空に太陽と月の両方の光が浮かんでいる様子

黄昏時の英訳はTwilightです。

「Twilight」は空に太陽と月、両方の光が浮かんでいる様子から、「Half light」(between day and)=「昼と夜の中間の光」を語源として、太陽と月、二つを表す「Twi」(意味:2重、2)と光を表す「Light」(意味:光、明るさ)が合わさり「Twilightとなったそうです。

黄昏時の言葉の由来

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万葉集の和歌「誰そ彼」が「黄昏」の由来

今、私たちが使う「黄昏時」という言葉が定着したのは江戸時代と考えられています。

「黄昏時」とは、ちょうど昼から夜に移り変わり、段々と夜の闇が出てくる時間帯です。ガス灯が普及したのは明治時代で、それ以前の江戸時代までは街灯がない道を人々は歩いていたため、通り過ぎる相手の顔を判別する事ができません。どんな身分の人なのか、性別もわからないですよね。そのため、通り過ぎる人に誰そ彼」(あなたは誰ですか?と尋ねていたそうです。これは全国的な風習で、防犯に似た意味で使われていました。その後「誰そ彼」の当て字に「黄昏」という漢字で使われるようになり、昔の人々が「誰そ彼」と聞いていた時間帯を「誰そ彼時⇒黄昏時」と書き記すようになったのです。

古来から使われてきた「黄昏」

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「誰そ彼」は万葉集の和歌で夕方ならだれでも顔が見えづらい状況を表した最初の言葉

黄昏(たそがれ)」の由来は日本最古の和歌集(7世紀後半から8世紀後半に完成した)「万葉集2240番に収録されている和歌で、その和歌で詠まれた「誰そ彼」(たそかれ)」が語源と言われています。

誰そ彼と われをな間ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ

ー万葉集 2240番ー

現代語訳では、誰だあれはと、私のことを思わないでください。九月の雨に濡れつつ、あなたを待っている私なのです」となります。

意味は「好きなあなたと過ごしたくて雨が降る夕方に家を尋ねましたが、薄暗くて顔が良く見えない事を理由にして、私からの逢瀬の誘いを無視しないで」となります。

この和歌の「誰そ彼(たそかれ)=あなたは誰」という意味で使われていますが、夕方で相手の顔が識別しづらい状況詠まれていますよね。そのためこの和歌の「誰そ彼(たそかれ)」は夕方という時間帯を表すためには使われていませんでした。

現存する最も古い和歌集「万葉集」では「夕方ならだれでも顔が見えづらい状況」を表した最初の言葉であったのです。

「黄昏」が時間帯を表す「黄昏時」に変わった由来

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「源氏物語」では「誰そ彼」が時間帯を表す言葉として使われている

西暦1008年(11世紀)に紫式部によって作られた「源氏物語」では「誰そ彼」が時間帯を表す言葉として使われています。

寄りてこそ それかとも、見め たそかれに ほのぼの見つる 花の夕顔

ー源氏物語 夕顔ー

夕顔から贈られた「心あてにそれかとぞ見る白露の光そへたる夕顔の花(現代語訳:あてずっぽうですが、白露の光をまとったような高貴なあなたは光源氏様ですよね)」の返歌として光源氏が詠んだ和歌です。現代語訳では「近くに寄ってみなければ、誰かとわかりませんよ。黄昏時にぼんやりと見たのだから。美しい花の夕顔を」となります。

夕顔からの知的な誘いが込められた和歌に魅力を感じた光源氏が詠った恋の始まりの歌ですね。

黄昏時にぼんやりと見たのだから」と言う状況を見ると、光源氏と夕顔はお互いの顔をはっきり見ていません。そうなると、「たそかれ」と言う状態は、闇が少し出てきた顔の判別がつかない時間帯に出会ったと言う事が分かります。

源氏物語ではその後、光源氏がすっかり夕顔に夢中になり親密な関係へ発展する様子が描かれていきます。

その際、源氏物語では光源氏が明け方帰る状況で「彼は誰(かはたれ)」と表記して、「誰そ彼(たそかれ)と区別しています。つまり、逢瀬を交わした翌朝帰宅していく男性の顔もよくわからない薄暗い状況を表す言葉「彼は誰(かはたれ)」も出ているのです。

これにより誰そ彼(たそかれ)時間帯が明確になり、誰そ彼(たそかれ)を作中で使うことにより、顔が分からない状況でも夜の逢瀬の期待に胸を一杯にしていた光源氏が夕顔に会いに行く時間帯の光景が目に見えるようにわかりますよね。

逢魔時とは?

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魔物や幽霊が出る時間帯だと恐れられていた逢魔が時

「黄昏時」と「逢魔が時」は、実はだいたい同じ時間帯を指す言葉です。

厳密に言うと、黄昏時が17時~19時に対し、逢魔が時は昔から「暮れ六つ」、今の時間で「18時くらい」の時間帯を指します。

逢魔が時は妖怪や幽霊などに出会いそうな時間帯と昔は恐れられていました。

それから推測すると「誰そ彼」と、出会う人に聞いたのも、もしかしたら幽霊や妖怪に出会ったらどうしようといった恐怖感から聞いていたのかもしれませんね。

編集部
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黄昏時は映画「君の名は」にも登場した

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映画「君の名は。」で最も重要なシーンは黄昏時が舞台となる

2016年に大ヒットした映画「君の名は。」は、魂のかたわれの存在である「ツインレイ」の二人が魂を磨く為の試練の物語と言われています。黄昏時を「たそがれ時」ではなく、「かたわれ時」と敢えて表現し、この時間帯のことを「昼とも夜ともつかない不思議な世界」であると表現していました。かたわれ時(黄昏時)」になる時間帯に過去の三葉と現在を生きる瀧が初めて顔を合わせるシーンはとても感動的なシーンでしたよね。「逢魔が時(18時ごろ)」になり、二人はまた別れ、「忘れてしまうけれど、忘れてはいけない」人として、またお互いを探し求めるストーリーになっています。この映画の最後に、「あなたの名前は?」と聞いていますが、「君の名は。」と映画のタイトル自体が「黄昏=誰そ彼」に繋がっていて面白いですね。

編集部
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黄昏時についてまとめ

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日本古来から、「誰かを思う」舞台として描かれていた黄昏時。

黄昏時について解説させていただきましたが、いかがでしたでしょうか。古くから日本では、「誰かを思う」舞台として描かれていた黄昏時。それと同時に何があるか分からないとも恐れられては来ましたね。

映画「君の名は。」の主人公「三葉」と「瀧」が「忘れてはいけないけれど、忘れてしまう人」として、日が沈む一瞬の黄昏時にツインレイの魂が再会を果たすシーンは、とても神秘的に描かれていました。二人が再会する黄昏時は、この世のものではない幽霊や妖怪といった禍々しいものが現れる何が起こるか分からない逢魔が時でもありました。

また、物思いに耽る(ふける)様子の事も「黄昏る(たそがれる)」と書きますが、語源としては「あの人は一体今何をやっているのだろう?」と思う気持ちから、言葉が使われるようになったと言われています。誰かを思い、募らせる状態は古来の歌から現代の映画にも表現され、今に繋がっているのですね。昔の人々はとてもロマンティストだったのでしょう。

綺麗な夜の闇の青の中の昼間の「赤み」が残る光景を「黄昏時」と呼ぶ言葉と、その言葉の意味を感じる気持ちをこれからも大切にしていきたいですね。

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編集部
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